
「雪国でサザンカを育てる、他」管理人SASANQUAのprofile
始めに・サイト作成の理由など
雪国というか、積雪地域でのサザンカ(山茶花)の地植えについては、ネット検索しても出てこないので、30年間サザンカを育ててきた自分がつくる以外ないかなと思いサイトを立ち上げました。
積雪地域でのサザンカが好きな環境やサザンカの防寒対策のこと、サザンカが冬に寒さで枯れてしまうこと、サザンカの挿し木や接ぎ木の話などを書いています。
このサイトに書かれていることは、雪国でサザンカを育てている人の体験談的な感想になります。ブログや、つぶやきの延長としてとらえてもらうとありがたいです。
サイトのタイトルは「雪国でサザンカを育てる、他」となっていますが、サザンカのことだけですとサイト更新が滞るので、「その他」の部分として各ページの一番下に「sasanquaの庭の話」コーナーを設けて植えている草花などの写真を季節ごとに貼っていくつもりです。
なぜサザンカ大好き人間になったのか
30年以上前のことです。家の前の道路際にサザンカ朝倉を植えていたのですが、三歳くらいの女の子を連れたお母さんがそのサザンカを見て、その子に聞かせるように「サザンカ、サザンカ咲いた道」と「童謡たきび」を歌って道路を通っていったのです。この情緒ある風景がいいなあ、と思ったのがきっかけでサザンカ大好きになりました。
名前
sasanqua または k.
住んでいる所
私が住んでいる所は、山形県の内陸部で、山形市を含む村山地方(14市町)という地域にある、小さな市に住んでいます。山形市中心から北の方に車で30分くらいの所です。山形市の冬はほとんど雪が積もらないのですが、平年でいえば積もるときでも10〜30cmくらいでしょうか。少し離れた私が住んでいる所は、平年で積雪30〜50cmくらいです。
最近の温暖化で全く積もらない年もたまにありますし、20年くらい遡れば1m近く積もったこともあった気がします。
サザンカにとっては積雪量よりも気温の方が問題なのですが、1月や2月の頃、一番寒い日の夜の最低気温は平年でマイナス8度〜マイナス10度くらいです。調べたわけではありませんが、20年くらい遡ればマイナス13度という天気予報が記憶にあります。
サザンカの耐寒温度はマイナス5度くらいと言われているようです。これより寒い地域は防寒するように、と書いているホームページを見かけるのですが、具体的なことが出てこないのでこのサイトを作っています。

霞がかっていてよく見えませんが、私が住んでいる市は画面にある「山形市内」という文字の奥の方で、北にある葉山のちょうど下の方角だと思います。山形市中心から車で30分くらいかかります。
住んでいる所からは、朝日連峰の大朝日岳、月山、葉山、蔵王の山がぐるりと見えます。

家から2キロくらいの所にある国道112号線から撮りました。昔20歳の頃、夏に山岳部の友人と二人で大朝日岳に登ったことがあります。古寺鉱泉から登って、途中天気もいいし見晴らしも良くて気分爽快でした。大朝日岳山頂の少し手前にある、小朝日岳の先にテントを張って寝ていたら雨風が強くなり、大急ぎで大朝日岳山頂避難小屋に避難したことを思いだしました。あの時は本当にやばかったので記憶が鮮明です。
途中の山道でマンガ(りぼん)を読んでいる昔の私。
当時マンガでは、高橋留美子の「めぞん一刻」や「うる星やつら」とか読んでいたなあ。
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赤のTOYOTAセリカクーペ1600GTラリー、ツインカム16
セリカクーペ1600GTラリーに乗っていたころの昔の話
上の画像2枚は、1983年頃に乗っていた赤のトヨタセリカクーペ1600GTラリー、4気筒DOHCツインカム16、115psです。当時はDOHC(ダブルオーバーヘッドカム)エンジンの走りで、キャッチコピーが「名ばかりのGT達は道をあける」です。ライバルのスカイラインGTのSOHC(シングルオーバーヘッドカム)エンジンに対抗心むき出しでした。私は赤のセリカに似合うゴールドのエンケイ製メッシュホイールを履いていました。
西部警察PART-Ⅲの酒田ロケのこと
私は昔、若い頃の青春時代に仕事で山形県酒田市に住んでいたことがあるのですが、その時にテレビ番組の「西部警察PART-III」のロケがやってきたんです。西部警察の渡哲也や舘ひろしのパトカー、スカイラインRS-TURBOもゴールドのエンケイメッシュを履いていました。
今はそんな人はあまりいませんが、その頃はみんなゴールドのメッシュでした。昔の写真を見つけたので懐かしくて載せてしまいました。

西部警察PART-Ⅲの酒田ロケ風景。1983年。当時このスカイラインRS-TURBOカッコ良かったです。エンケイのゴールドのメッシュホイールを履いています。
ロケのセレモニーで、酒田の女性たちから花束をもらっている西部警察の人たちの画像はこちら。
山形県高畠町であった、第14回 クラシックカーレビューIN高畠2026に行って見つけたスカイラインRSターボも、もちろんエンケイのゴールドのメッシュホイールでした、こちら。2026/10/18。
話は少しそれますが、この間、山形のTVで昔のテレビ番組を振り返る、みたいな放送をしていました。それは西部警察PARTIIIのロケが山形市と上山市で昭和58年(1983年)にあったことをロケ映像とともに放送していて、私が現場で見ていた酒田ロケが1983年にあったことを一言も流していなかったのです。
ええーと思って、グーグルで調べてみると、第23話:「走る炎!! 酒田大追跡 – 山形篇 -」(1983年10月16日放送)と第24話:「誘拐!山形・蔵王ルート – 山形篇 -」(1983年10月23日放送)の二つのロケがあったみたいです。私は間違ってなかった。
話をセリカクーペ1600GTラリーに戻します
なぜ今ごろ昔乗っていたこのセリカの写真を載せたのかを、お話しします。ユーチューブを見ていたら突然ショート動画に、GTラリーではないのですがこれと兄弟車種のたぶんセリカクーペ2000GTの赤い車で、最近の動いてる動画がアップされたからです。まだこの車動いているのか、と驚きです。別の動画で新品のようなセリカクーペ2000GTも見つけました。
私が乗っていたこのGTラリーは、地元の内陸に戻ってからエンジンオイルを交換しなかったために、エンジンを壊して5年くらいで終わってしまいました。この車、今の時代に出てきてもかっこいいのでまた買いたいくらいです。’82年に当時1年落ちの中古で65万円で買いました。
その当時、2代目のセリカXX(セリカ・ダブルエックス1981年-1986年)というカッコいい車もあったなあ。
山形県高畠町であった、第14回 クラシックカーレビューIN高畠2026に行って見つけた、セリカ・ダブルエックスはこちら。当時これが乗りたかった。2026/10/18。
話を当時に戻します。ついでにその頃の話をすると、当時はツーストロークのGP500などのオートバイレースも盛んで、「バリバリ伝説」のマンガをよく見ていました。主人公の巨摩郡(こま ぐん)が、ホンダNSR500に乗ってロードレース世界選手権で優勝するまでを描いたマンガです。郡の恋人の伊藤歩惟ちゃんも良かったです。当時の現役有名トップライダーのケニー・ロバーツ、ワイン・ガードナー、エディー・ローソンも登場していました。
全日本500ccでV3(1983-1985年)の日本人トップライダーの平忠彦は、残念ながら登場していなかったです。平忠彦は1985年の鈴鹿8時間耐久レースでケニー・ロバーツと組んで、「TECH21チーム YAMAHA YZR750」で参戦しトップを走っていたのですが、ラスト30分でマシントラブルにあい、リタイアとなったのは有名です。
私は当時の資生堂の「TECH21(テック・ツーワン)RACING YAMAHA」鈴鹿8耐仕様のワッペンをブルゾンに貼り付けて今も着ています。
「バリバリ伝説」のマンガの影響を受けて赤いセリカに乗って、宮城県にあるSUGOスポーツランドにもオートバイのレースを何回か見に行ったなあ。SUGOでは、最終コーナーからホームストレート、そしてメインスタンド前にツーストロークのマシンが「フォーン」という、とてもバイクとは思えない音を出してやって来ます。懐かしい。
このように書いてくると車とバイクが好きそうに思われるでしょうが、当時はバンド遊びとテニスの方がもっと好きでした。テニスは10年くらいやったと思います。
なんとなく、人となりがわかるかな、と思って昔のことを書いてみました。
SASANQUAの庭の話 12
sasanquaの庭の話、最後のページは、サザンカを植えている庭に咲いている花を、切り花にしていつも玄関に飾ってあるので今後これを載せていきたいと思います。花があると玄関も明るく華やかになります。庭には3月に咲くスイセンの頃から12月に咲く菊の頃まで、切り花になる花が途切れなく咲いています。







